2008年03月24日
ミーフガーとガラサー岩
二つの巨大な岩が形づくるそれが女性のシンボルに似ているとのことで、子宝の縁起物として、ご利益を求める人が後を絶たないのだそうです。
ミーフガーはかなり大きな岩で、すぐ下まで行くとその巨大さに圧倒されます。あまりの大きさに、デジカメで全体像をとらえることが出来ません。
また、久米島にある子宝の縁起物として、ミーフガーと対の関係にあるガラサー岩があります。
なぜガラサー岩も子宝の縁起物なのか、今さら説明する必要はないと思いますが....
ミーフガーの場所はこちら
ガラサー岩の場所はこちら
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2008年03月23日
熱帯魚の家の風景
看板の指す方向へ歩いていくと、海に出ます。
海に出たのはいいですが、見渡す限り普通の海岸で、何処に熱帯魚の家があるのかよく分かりません。
熱帯魚の家は何処なんだ?と思いながら水の中を覗くと、小さな青い魚がいっぱい!
実は熱帯魚の家とは、この海岸一帯を指しているのだそうです。
この日は潮が引いていたので魚は少なかったのですが、満ち潮のときは大小様々な魚が入ってきて、色とりどりなのだそうです。
熱帯魚の家はたぶんこの辺り.... だと思う
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2008年03月20日
畳石の風景
その日は潮の関係で、全体の半分ほどしか見えませんでしたが。
仲里村(現久米島町)奥武島の畳石 - 現地の看板より引用仲里村(現久米島町)西奥武島の南西部にひろがる六角状の岩石群。この岩石群は安山岩質のほぼ均一な溶岩がゆっくり冷えて岩石になる時、規則的に割れ目ができたと考えられる六角柱状節理からなる。
表面は波の浸食を受け、ほぼ平坦であたかも六角(中には五角形もある)の畳を敷き詰めたような景観を示すことから、畳石の名がついている。また、亀の甲のような形をしているところから、亀甲石とも言われている。
この畳石の範囲は南北50メートル、長さ250メートル位で、畳石の数は約1000個あると言われているが、砂に隠れて見えない部分もある。このような柱状節理は全国的にも珍しい大規模なものであり、また学術上貴重なものである。
沖縄県指定天然記念物 指定年月日 昭和42年4月11日
沖縄県教育委員会、仲里村(現久米島町)教育委員会 昭和63年3月30日
畳石のそばまで行ってみると、規則的な形をしているのが分かるかと思います。
潮の関係で、半分ほど水に浸かっていましたが。
水に浸かった分まで見えていれば最高でしたが、まあ仕方ないです。
この時はたまたま見物者が私一人でしたので、畳石を独り占めした気分でした。

畳石の場所はこちら
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2008年03月13日
ヤジャーガマの風景(その2)
岩の裂け目に近づくと、改めてその裂け目の大きさに驚いてしまいます。
人の気配がなく不気味な雰囲気の中、勇気を振りしぼって裂け目の中に入っていきます。
巨大な裂け目には大小様々な横穴がありましたが、朝早く行ったせいか、中の様子は暗くて見えません。
横穴の入り口付近には、かなり沢山の壺?が置かれていました。
裂け目の天井部分に小さな穴があり、そこから明かりが差し込んでいます。
裂け目の一番奥側に、主洞入り口と書かれた看板が立っていたのですが、照明器具を持っていなかったため、中には入りませんでした。
後で知ったのですが、ヤジャーガマは久米島にまだ風葬の文化が残っていた頃、風葬地帯として使われていたことがあり、そのため今でもかなりの人骨が出てくるのだそうです。
また主洞の中は全長約800メートルもあるらしく、かなり巨大な鍾乳洞なのだそうです。
今度行った時は勇気を振りしぼり、中の風景を撮影したいと思います。今回は、中の様子はこの動画でお楽しみ下さい。

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2008年03月13日
ヤジャーガマの風景(その1)
久米島に鍾乳洞.... どうしても気になるので寄り道することにしたのですが、農道をどこまで進んでもヤジャーガマを見つけることが出来ません。1キロメートルほど進んだところで諦めてUターンしたところ、砂利道のそばにちょっと気になる看板を発見。
近づいてみると、ヤジャーガマの案内板でした。やっと見つけた....
ヤジャーガマへの案内板を見つけ、ほっとしたのもつかの間、やっぱり目的のヤジャーガマが見つかりません。一体これはどうなっているんだと思っていたところ、また目立たない場所に怪しげな目印を発見。
もしかしたらと思い近づいてみると、目印のそばに階段があることを発見。
どうやらここがヤジャーガマの入り口らしいです。しかしどういうことか、本当に目立たない場所にあります。
朝早かったせいか周りに人の気配はなく、ちょっと不気味な雰囲気があったのですが、せっかくここまで来たのだからと、勇気を振りしぼって階段を下りてみます。
すると.... (次に続く)
ヤジャーガマの場所はこちら
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2008年03月09日
上江洲家の風景(その3)
入り口には大きな臼?が置かれていました。
台所のカマドを覗いたところです。
カマドは今でも使えそうな雰囲気です。
台所入り口から主屋裏の外廊下を眺めたところです。
主屋裏の外廊下を通り抜け、ウフヤの一番座を覗いてみます。向こう側に二番座、三番座も見えます。
一番座を正面から覗いてみたところです。
二番座にある仏壇?は中を覗くことが出来ませんでした。
急ぎ足で見学した上江洲家の風景でした。
上江洲家の屋敷構え - 現地のパンフレットより引用屋敷の周囲を立派な石堀で囲み、「石垣殿内」とも呼ばれている。主屋を中心に東方に殿内グヮー、西方にフール(豚舎と便所)、南西方にメーヌヤー(蔵)、東南方に上便所、またトングヮーの前には井戸がある。後方の堀内と東西の堀外には福木があり、屋敷構え全体がよく保存されている。
宅地面積 2185.1m2(661坪)
建物面積 304.7m2(92.2坪)
うちウフヤ 259.3m2(79坪)、トングヮー 45.4m2(14坪)、メーヌヤー 10坪
今度はゆっくり見学してみたいです。

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2008年03月09日
上江洲家の風景(その2)
メーヌヤーを正面から眺めます。面積10坪の建物なのだそうです。
メーヌヤー(蔵) - 現地のパンフレットより引用外観は普通の平屋に見えるが、土庇で取り囲んで上階と下階があって、瓶等に穀物等を入れて貯蔵したところである。また三方の土庇土間には牛、馬、山羊等の家畜を飼育したのは久米島特有であり、扉を原始的な一枚岩の両開きにしているのも特徴である。
メーヌヤーの側から主屋を眺めるとこんな感じです。主屋も実は2つに分かれていて、手前側が台所部のトングヮー、奥側が居室部のウフヤとなっていることが分かるかと思います。
主屋 - 現地のパンフレットより引用主屋は居室部のウフヤと台所部のトングヮーから成っている。元々ウフヤとトングヮーはそれぞれ独立した分煉型のカヤ葺きでアマハジはなかった。ウフヤは乾隆19年(1754年)に第七世智英が建築し、明治24年(1891年)にカヤ葺き屋根をカワラ葺き屋根に替え、明治36年(1903年)にウフヤとトングヮーを合体させた。ウフヤの内部は表に一番座、二番座、三番座の3室があり、裏には2室の裏座がある。またトングヮーには4間があり、西北の間には台所の土間で土作りのカマドと、上には薪棚(ヒラナ)がある。ウフヤの三番座と裏座の2室、またトングヮーの1室にはジール(地炉)がそれぞれ4カ所ある。
また、主屋の西方にはフールと呼ばれる豚舎と便所があります。
フールの側からは、トングヮーの裏手の方を眺めることが出来ます。
また、フールの側からメーヌヤーを眺めることも出来ます。
さて、今度は主屋の裏手にまわってみましょう。

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2008年03月04日
上江洲家の風景(その1)
上江洲家 - 現地のパンフレットより引用上江洲家は久米島の旧具志川城主の末裔で親雲上(ペーチン)を称し、代々地頭代を勤めた旧家である。また綿糸やお茶等を栽培し、特に紬の製法を住民に普及させるとともに、貧民の救済や国王への献納など、数々の善行でも知られている。この建物は1700年半ばに建設され、国の重要文化財にも指定されている。
造りが宮良殿内に似ているか、と思いました。
本当は正面から見た上江洲家を撮影したかったのですが、屏風堀(ヒンプン)が重なってしまうのでうまく撮ることが出来ません。
屏風堀(ヒンプン) - 現地のパンフレットより引用正門から入った突き当たりに屏風堀(ヒンプン)と称する石堀をたてているが、門の軸線上に中門を設けて竹垣で塞ぎ、L型に折り曲げているのが特徴である。中門は冠婚葬祭や特別な来客の時だけ通したと言われ、中国の民家の堀風門(ピンフォンメン)の影響で、目隠しや魔よけの意味があると言われている。
屏風堀の隙間から主屋をのぞいてみます。
屋敷の周りは立派な石堀で囲まれており、石垣殿内とも呼ばれているのだそうです。
石堀 - 現地のパンフレットより引用屋敷の四周を珊瑚石灰岩のアイカタ積みで囲っている。南面は外膨らみ、西面は緩く曲面させ、北東の隅を欠いて回しているのは、風水思想(フンシ)の影響だと言われている。また四隅を丸面にして折り曲げ、その外頂石を突起状にしているのは、グスク(城堀)の影響だと思われるが、魔よけの意味も込められていると考えられる。
上江洲家の場所はこちら
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2008年03月03日
比屋定バンタからの風景
夕方、もう日も落ちようかという時間帯にここを訪ねたため、綺麗な画像を紹介することは出来ませんが....
比屋定バンタ(ひやじょうバンタ) - 現地の看板より引用比屋定バンタの名称は、元沖縄タイムス社の記者であった宮城鷹夫氏の命名で、この名称は新しい景勝地に一段と新鮮みを加えたものとして好評である。パンタ(ハンタ)とは沖縄で崖のふちを指す言葉で、断崖絶壁で眺望が良い場所に使われる。
比屋定バンタは、比屋定集落から阿嘉に向かって緩やかな坂を上りつめると左手に位置している。比屋定バンタに立ってみると、右手にはハテの浜を初めとした白く美しい砂浜が大海原を突っ切って伸びており、また眼下にはエメラルドグリーンの美しい珊瑚礁の海を見ることが出来る。晴天の日には展望台から粟国島、渡名喜島、慶良間諸島の島々が一望に見渡せる。
町指定名勝 指定年月日 昭和47年9月2日
比屋定バンタの場所はこちら
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2008年03月02日
泰山石敢當の風景
殆どの方は石碑の存在に気づかず、通り過ぎていくのではないでしょうか。
さりげなく建っている石敢當ですが、実は大変貴重なものなのです。
泰山石敢當 - 現地の看板より引用石敢當(いしがんとう)は、中国に起源をもつ除災招福の石碑で、T字路の突き当たりに立てられるのが一般的です。泰山(たいざん)は中国の霊山の名で、その名を冠することにより、より一層威力を発揮するものと考えられます。この泰山石敢當は、年号入り石敢當としては県内最古のものと言われています。雍正(ようせい)は琉球で用いられた中国年号です。
年代 雍正11年(1733年)
具志川村(現久米島町)指定有形民俗文化財 平成6年指定
泰山石敢當の場所はこちら
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2008年02月28日
久米島ホタル館の風景
が、訪ねた時間が遅かったため、その日は既に閉館していました。
クメジマボタルは1993年に久米島で発見され、ゲンジボタルの祖先ではないかと言われています。久米島ホタル館の敷地内には広々とした庭があり、いかにもホタルが居そうな雰囲気です。
5月初旬になると、久米島では数多くのホタルが見られるそうです。
この庭に数多くのホタルが現れる風景を想像すると.... うわあ、見たい!
久米島ホタル館の場所はこちら
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2008年02月27日
五枝の松の風景
通常の松は上方向に成長するのですが、枝が地を這うように成長しているのが特徴です。
五枝の松 - 現地の看板より引用久米の五枝の松は、高さが6メートル、幹の周りが約4.3メートル、枝が地面を覆う面積は250平方メートルにも及ぶリュウキュウマツです。18世紀初頭、土帝君(農業の神)を祭ったときに、この地に植えられ現在に至っています。根が石を枕にして地面に広がり、枝が波打つように地を這うその美しさは天下随一と言われ、琉歌にもその美しさが歌われています。
地を這うように広がる枝は最大21メートルにもなります。
幹の部分に近づいてみます。
幹周りは約4.3メートルと言われています。
間近で見ると、その迫力に圧倒されます。
地を這うように広がる枝ぶりが分かるでしょうか。
五枝の松の美しさを讃えた琉歌とのことです。
解説 - 現地の看板より引用この歌は久米島の象徴である名木「久米の五枝の松」を讃えた琉歌である。この松は18世紀の初期に土帝君(農業の神)を祀ったときに植えられたと伝えられている。一般にリュウキュウマツは成長するに従い上方に伸び、樹高は20メートル程に達するのが普通だが、この五枝の松は根元から大きく分枝し、枝はたくましく四方に伸び、地面を這い緑の葉をつけている。このような大木で独特の枝ぶりが人々に親しまれ、沖縄県の二大名松と讃えられており、県の天然記念物の指定も受けている。また、日本の名松百選にも選定されている。
久米の五枝の松は下枝を枕にしているが、愛しい彼女は私の腕を枕に寝るのである。
この歌は琉球古典音楽の「久米はんた前節」として、三味線にのせて歌われている。
五枝の松の場所はこちら
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2008年02月20日
2008年02月19日
2007年07月16日
楽天イーグルスと久米島
誰の作品かは不明ですが、久米島の方々が楽天イーグルスをどれ程応援しているのか分かります。
2007年度に沖縄県内で春季キャンプを行ったプロ野球チームは国内だけで8球団あったのですが、唯一生で観戦したことのないのがこの楽天イーグルス。来年こそは見たいなあ....
来年と言えば、2008年度から千葉ロッテマリーンズが石垣市で春季キャンプを行うことが決定しているようですし、更に楽しみは増えそうです。
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ミーフガーとガラサー山
島の北側にはミーフガーという大きな穴の開いた岩があり、女性のシンボルを想像させることから子宝の縁起物だとされているそうです。
すぐ近くに駐車場があり、そこから100mほど歩くと岩の真下まで行けるのですが、実際に行ってみると想像以上の大きさなので驚きます。なお岩の周辺は足場が良くないので、滑りやすい靴などの方は気をつけたほうがいいと思います。
また島の南側にはガラサー山という小島があり、島の一部が男性のシンボルを想像させることから、同じく子宝の縁起物だとされています。
「ガラサー」というのはカラスを指しているそうで、今はそうでもないが、昔はこの小島にカラスの大群が群れていたことからこう呼ばれているとのことです。
島のあちこちにおめでたい風景があるとは... 何はともあれ、めでたいめでたい。(?)
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奥武島の竹馬通学
奥武島から久米島を見たところ。約850mと言われるこの距離を竹馬に乗って移動していたことになります。

橋の中央部より下を見ると確かに深くはなさそうですが、ここを竹馬で移動していたとは... 当時は本当に大変だったと思います。
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登武那覇園地
奥武島の畳石を見物した後、さて何処に行こうかと思案しながら移動していると、久米島町役場(仲里庁舎)裏で登武那覇園地という看板を見つけたので向かってみることにしました。
登武那覇園地は久米島町役場(仲里庁舎)そばの道を車で5分ほど行った場所にあります。高台のため眺めが良かったです。
登武那覇園地から奥武島方向を見たところです。
登武那覇園地より北側を眺めてみます。
ちなみに登武那覇は「とんなは」と読むそうです。実は私も読めませんでした...
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2007年06月30日
奥武島の畳石
久米島に行ってきました。私が乗った便はプロペラ機でしたが、ジェット機も運行しているとのことです。
その日は天気が良かったため、飛行機が久米島上空に差し掛かった際、ハテの浜を空から見ることが出来ました。
天気も良いことだし、レンタカーを借りて島を一周することにしました。
久米島、と聞いて真っ先に畳石を連想したので、向かってみることにしました。
久米島の観光パンフレットには必ず紹介されている畳石ですが、実際見てみると意外と小さいなと感じました。地元の方から聞いた話では、昔はこれの倍以上の面積があったそうなのですが、ここ最近潮の流れが変わってきているため、流れてきた砂が覆い被さっているのだそうです。
畳石のすぐ近くにはバーデハウス久米島があり、久米島の新しい観光スポットになっているとのことです。
今回は時間の都合で施設の中には入らなかったのですが、大勢の観光客で賑わっている様子でした。
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だけど、飛行機の時間が...