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2007年11月29日

眠い...

佐良浜港よかった、船出てた。
  
Posted by はじめ at 10:02Comments(18)TrackBack(0)宮古島市伊良部

2007年11月28日

もうひと頑張り

来間大橋台風の影響で飛行機の時間が乱れ、今日のスケジュールがめちゃくちゃ。

まだ仕事終りそうにありません。

ご飯食べたらもうひと頑張り。
  
Posted by はじめ at 18:32Comments(16)TrackBack(0)宮古島市

2007年11月26日

あっ!(その4)

>> あっ!
>> あっ!(その2)
>> あっ!(その3) はこちらから。

沖縄の風景とは全く関係ない話ですが、何とこのブログの20000番目の閲覧者は私でした!
20000番目


















それも年末ジャンボ宝くじの発売日に... もはや嬉しさを通り越して、寒気がしてきました。  

2007年11月26日

粟国港で食べたソーキそば

これまで急ぎ足でかけずり回った粟国島ですが、フェリーの出航時刻が近づいてきましたので、粟国港へ向かうことにします。
粟国港














粟国島のメインストリート?を通り、港へ向かいます。
粟国島メインストリート














粟国港旅客待合所に着きました。
粟国港旅客待合所














お昼ご飯抜きで島をかけずり回っていたので、待合所の2階にあるみなと食堂に行きます。
粟国港みなと食堂














みなと食堂のソーキそばです。出航まで時間がなかったので、大急ぎで食べました。
みなと食堂のソーキそば














隣のみなと売店で粟国の塩の天日塩を発見!貴重品なので大量に購入しました。
粟国の塩














本 粟国の塩(天日塩) - 製品ラベルの説明より。

 エメラルド色の珊瑚礁の海から汲み上げた海水を高さ10メートルある採かんタワーに流す。内部には約15000本の竹枝をつるしてある。その上から竹に海水を流し、風と太陽熱で7日間、昼夜休み無く水分を蒸発させる。さらに耐久ガラスを用いた温室の中にて太陽熱でゆっくりと20日間(冬場は60日間)かけて結晶させたのち、脱水槽で4日間、乾燥に6日間(天候により変動する)、計37日かけて生まれる天日の塩です。20年かけた研究の末、誕生した塩です。

大急ぎの2日間でしたが、粟国島をあちこち見て回ることが出来たので良かったです。
粟国島














しかし....

1泊2日の出来事を、ブログで約1ヶ月間に渡り記事にし続けたのは、ある意味凄いな俺、と思います... (汗)

沖縄本島 みなと食堂の場所はこちら




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Posted by はじめ at 02:42Comments(12)TrackBack(0)粟国村

2007年11月25日

粟国の塩ができるまで(その3)

>> 粟国の塩ができるまで(その1)はこちら。
>> 粟国の塩ができるまで(その2)はこちら。

釜炊き塩の施設を見学した後、続けて天日塩をつくるための温室へ移動しました。
粟国の塩














天日塩をつくるための温室は3つありました。天日塩をつくる原理は簡単で、温室の中にかん水を置き、ひたすら結晶化するのを待つという仕組みです。作業員も時々様子を見にくる程度で、基本的に何もしないそうです。
粟国の塩














結晶化するのを、ただひたすら待ちます....
粟国の塩















結晶化した塩はこちら。こうなるまでに夏場で20日から30日、冬場は60日以上かかるそうです。
粟国の塩














出来上がった塩の結晶を20日ほどかけて自然乾燥させると、天日塩が出来上がるそうです。

天日塩は出来上がるまでに時間がかかることや、天候に左右されるため量産は考えていないとのことです。温室を増やす予定はないのか訪ねたところ、今の作業員の数では完全に目が届かなくなる可能性があるため、予定なしとのことでした。
粟国の塩














粟国の塩はとにかく品質を第一に考えているため流通量が少なく、皆さんの手元に届けることが出来ず申し訳ないとのことでした。しかし私は、品質にこだわるという言葉が聞けたので嬉しかったです。

>> 「粟国の塩」通信販売はこちらから。



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Posted by はじめ at 00:35Comments(9)TrackBack(0)粟国村

2007年11月24日

粟国の塩ができるまで(その2)

>> 粟国の塩が出来るまで(その1)はこちら。

塩田タワーで出来上がった塩分濃度の高いかん水は、「釜炊き塩」用と「天日塩」用の2つに分けられ、それぞれの工程に進んでいきます。

「釜炊き塩」は、この部屋の中にある平釜でかん水を煮詰めて造られます。作業所にはこの建物が3つあり、3つの平釜で作業を行っていました。
粟国の塩














塩田タワーで出来上がったかん水を平釜で約30時間ほど煮詰めます。火を扱っているため、建物の中は相当な暑さです。
粟国の塩














平釜で薪を使ってかん水を煮詰めていきます。薪を使うことで塩の結晶に遠赤外線効果があり味に影響するらしいのですが、小さな島ですので木材を集めるのは一苦労だそうです。
粟国の塩














かん水を煮詰めている間はずっとかき混ぜ続けなければいけないため、24時間交代で作業にあたっているとのことです。
粟国の塩














約30時間ほど煮詰めると塩の結晶が出来上がってくるので、脱水槽に移して15日ほどかけ自然乾燥させると、釜炊き塩が出来上がるそうです。私が見学したときは煮詰めている途中でしたが、底の部分に少しだけ塩の結晶が出来ていました。
粟国の塩














次はもう一つの工程である「天日塩」の施設を見学に行きます。(次に続く)



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Posted by はじめ at 01:17Comments(10)TrackBack(0)粟国村

2007年11月23日

粟国の塩ができるまで(その1)

これまで粟国島のいろいろな場所を紹介してきましたが、やはりここを外す訳にはいきません。

粟国の塩を生産している、沖縄海塩研究所の作業所を見学してきました。
粟国の塩














作業所は粟国島の北側にあり、島の南側にある集落から少し離れた場所にあります。作業所に近づくと、トレードマークの立体式塩田タワーが見えてきます。
粟国の塩














作業所の見学は事務所の方で受け付けています。見学を申し込むとパンフレットと塩のサンプルを頂くことが出来、作業所内を一通り案内してくれます。

初めに案内されたのはトレードマークの立体式塩田タワーです。高さ約10メートルの建物に約16000本の竹をつるし、粟国島近海から汲み上げた海水を何度も循環させて水分を飛ばす作業を行っています。通常、海水に含まれる塩分濃度は約3パーセントと言われているそうですが、このタワー内を一週間ほど循環させて水分を飛ばしていくことで、濃度が7倍(約20パーセント)程に濃縮されたかん水が出来上がるとのことです。
粟国の塩














何故、わざわざ塩分濃度の高いかん水を作っているのか聞いたところ、より良いミネラル成分が含まれた塩となること、海水1トン当たりから採取される塩の量が増えるため、作業効率が上がるからとのことでした。

2基の塩田タワーが休むことなく海水を循環させています。
粟国の塩














塩田タワーは、近くで見ると結構大きいです。
粟国の塩














塩田タワーは風通しが良くなるよう、穴あきブロックを積み上げて造られています。年中通して風が吹く場所を探し続け、ここに作業所を建築することに決めたのだそうです。塩田タワーは海のすぐそばに建てられていますので、この日も結構風が吹いていました。
粟国の塩














塩田タワーの内部を見てみると、中に吊された竹の束を見ることが出来ます。
粟国の塩














塩田タワーの中を海水が循環している様子です。床の方に溜まっている海水が、塩分濃度の上がったかん水です。(動画)


塩田タワーで出来上がったかん水は、次の工程に進んで行きます。(次に続く)

◇粟国の塩(天日塩250g)◇



沖縄本島 沖縄海塩研究所の場所はこちら




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Posted by はじめ at 02:54Comments(6)TrackBack(0)粟国村

2007年11月20日

洞寺の風景(その3)

>> 洞寺の風景(その1)はこちら。
>> 洞寺の風景(その2)はこちら。

今まで長々と紹介してきましたが、洞寺とはこういうところです。

本 洞寺の伝説 - 現地の看板より引用。

 この洞寺は今から二百年ほど前、雲水(うんすい)和尚という僧侶が渡島して、この洞寺で読経三昧に過ごすうちに亡くなり作られたものとされ、和尚の頭の化石が今も祭られてる。伝説によると、雲水和尚は那覇の寺に在職中、他の寺の僧との問答を行い、雲水は仏の功徳によっては水面を下駄ばきで歩行出来るとの議論になった。問答は「首を切る」賭けにまで発展、二人は実行することになった。

 雲水が呪文を唱えて水面に立ち、水鳥が水面に浮かぶように徐行し始めたので、他の僧は驚き、法力で彼の法術を破ろうと呪文を唱えだした。しばらくは読経の声が続いたが、奥武山に近づいた時、法術が破れたか、片足を水に突っ込み濡らしてしまい、賭けに負けてしまった。

 しかし奥武山へあと一歩のところまで来たことで、首切りは許され粟国島への流刑となった。雲水は洞窟を見つけそこで暮らすうち、周辺の農民や青年を相手に遊びや話を通じて親しくなった。今でも和尚と親しくなった畑主の子孫らが洞窟祭りとして旧正月、九月には主として拝むようになっている。

「粟国村誌」より。


遊歩道から中に入る階段は、洞寺のちょうど中央部分に下りていくようになっています。
洞寺














中に入ると、下りてきた階段から進行方向のまま進むコースと、Uターンして逆方向に進むコースの2つの通路があります。

ちなみに進行方向をそのまま進むコースは、また階段が続くのですが....
洞寺














うわ、下は真っ暗じゃないか! これを下りろというのか! 糸数アブチラガマ以来の恐怖に襲われます!

>> 糸数アブチラガマで平和について考える(その1)はこちら。
>> 糸数アブチラガマで平和について考える(その2)はこちら。
















さすがにこれは怖いよ... と躊躇していたところ、足下のセンサーがパチッと反応して、階段の向こう側がみるみる明るくなっていきます。
洞寺














しまいにはカラーボールみたいなものがクルクル回り始めました。さっきまでの恐怖が嘘のようです。
洞寺














早速、階段を下りてみます。
洞寺














5メートル以上は下りたかと思います。
洞寺














奥へは10メートル程度しか進めませんでしたが、それでも見応えのある風景が広がります。
洞寺














次に洞寺の入り口からUターンして逆方向に進むコースへ行ってみます。
洞寺














こちらのコースも見応えのある風景が広がります。
洞寺














通路を進むにつれ、足下のセンサーが反応してカラーボールが回りだします。
洞寺














こちらのコースは30メートル以上進んだかと思います。
洞寺














所々、岩の割れ目から光が差し込んでおり、神秘的な雰囲気を醸し出しています。
洞寺














コースの奥の方まで行くと、鍾乳洞さながらの風景が広がっています。
洞寺














コースのあちこちで、様々な岩の表情を見ることが出来ます。
洞寺














洞寺の通路は滑りやすいところがありますので、行かれる方は足下にご注意下さい。
洞寺

















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Posted by はじめ at 22:49Comments(8)TrackBack(0)粟国村

2007年11月19日

洞寺の風景(その2)

>> 洞寺の風景(その1)はこちら。

行き止まりのように見えた洞寺の入り口ですが、突き当たりまで進んでみると、左手に小さな階段がありました。
洞寺














階段を下りて奥へ進んでみます。
洞寺














周りに人の気配がないので、少し気味が悪いです。
洞寺














海が近いこともあり、結構風が吹いています。そのたびに木の枝がガサガサ鳴るので、心細くなってきます。
洞寺














階段を下りて50メートルほど進んだところで、遊歩道が左側に大きく曲がっています。
洞寺














左側に曲がった遊歩道が、洞窟らしき岩の割れ目に吸い込まれていくのが見えます。こんなところに洞窟があったなんて....
洞寺














階段を下りてみます。ちょっとドキドキです。
洞寺














洞窟の中に入りました!
洞寺














さて、洞窟の中には何があるのか.... (次に続く)



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Posted by はじめ at 01:48Comments(14)TrackBack(0)粟国村

2007年11月18日

洞寺の風景(その1)

粟国島の北側にあるむんじゅる節之碑の隣は、洞寺(てら)の入口となっています。入口の後ろ側に見えるのがむんじゅる節之碑です。
洞寺














洞寺へ向かう道には手作りの案内板が備え付けられています。
洞寺














洞寺に向かう途中、放し飼いの山羊の群れとばったり!山羊も私もお互いビックリ。
洞寺














山羊は大慌てで逃げていきます!
洞寺














洞寺の入り口に着きました。
洞寺














入口をくぐり洞寺に向かってみます。何だかわくわくしてきました。
洞寺














気のせいか、行き止まりのように見えるのですが....
洞寺














さて、洞寺には辿り着けるのか.... (次に続く)

沖縄本島 洞寺の場所はこちら




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Posted by はじめ at 00:25Comments(8)TrackBack(0)粟国村

2007年11月17日

宮良殿内の風景

具志堅用高記念館に続き、石垣市ネタをもう一つ。

市内のちょうど真ん中あたり、小さな裏通りの片隅に、国指定の重要文化財建造物である宮良殿内があります。
宮良殿内














本 名勝 旧宮良殿内(めーらどうぬず) - 現地の看板より引用

 文政二年(1819年)松茂氏八代宮良親雲上当演(ぺーちんとうえん)が宮良間切頭職(まぎりかしらしょく:八重山最高の役職)に任命されたことを記念して建造されたといわれている。上級士族の格式を備えた構えである建物は、木造平屋造り本瓦葺きである。材料は総イヌマキで雨端(あまはし)柱(方言ではハナシバーヤ)は根付丸太を使用している。屋敷は琉球石灰岩の石垣で囲い、南西の中央に薬医門型式の門を建て、その西端に裏門を築いてある。
 表門を入ると築地堀のひんぷんがあって、中門を開ける敷地のほぼ中央に主屋を配置し、その東側には石を組み築山を築いた庭園がある。南東部に築地堀で囲った便所を設け、裏門と裏門の間に井戸を掘ってある。

 庭園は首里の庭園師城間親雲上(ぐすくまべーちん)の設計指導によるもので、琉球石灰岩を主材料に五つの築山を築いている。これは日本庭園の伝統様式を踏襲するもので、日本庭園文化の指導をみる上で貴重であるばかりでなく、我が沖縄の近世における上流階級の屋敷構えの中における庭園として、最もよく保存されている。

国指定 重要文化財建造物 昭和47年5月15日

石垣市教育委員会 昭和61年3月

朝早く行ったせいか、人影がありません。
宮良殿内














門は開いていたので、とりあえず中に入ってみました。
宮良殿内














市内のちょうど真ん中だと言うのに、敷地の中はとても静かでした。
宮良殿内














殿内の前の道は細い一方通行になっており、また駐車場はありませんので、車で見学に行かれる方は注意して下さい。

時間があればじっくり見たかったのに....残念!

沖縄本島 宮良殿内の場所はこちら




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Posted by はじめ at 11:22Comments(0)TrackBack(0)石垣市

2007年11月15日

具志堅用高記念館に行ってみた

このところ粟国島ネタが続いていましたので、お口直し?ということで、先日行った具志堅用高記念館を紹介します。
具志堅用高記念館














記念館の一階はグッズ販売のコーナーになっています。
具志堅用高記念館














コーナー中央にあるのは何故かレッドソックス松坂Tシャツ。この辺が具志堅さんらしくて良い味出してます。
具志堅用高記念館














2階に上がると、具志堅さんの功績を称えるかのように、トロフィー等が所狭しと展示されています。
具志堅用高記念館














具志堅用高記念館














展示ルームの片隅にはリングも設置されています。
具志堅用高記念館














具志堅さんが実際に使用したと思われるグラブやチャンピオンベルトも幾つか展示されています。
具志堅用高記念館














世界チャンピオンであることを証明する認定証です。
具志堅用高記念館














認定書の最後に記載されている「チャンピオンたるものは何時、いかなる場所で、誰と戦っても、そのウェイトでは常に勝利者でなければならない」という一文がシビれます。
具志堅用高記念館














チャンピオンベルトです。記念館に展示するくらいだから本物なんでしょうね、きっと。初めて見ました。
具志堅用高記念館














具志堅用高記念館














サイン入りグラブも展示されています。
具志堅用高記念館














具志堅さんのサインが微妙に変化しているようにも見えますが...
具志堅用高記念館














試合に勝ったことを祝福した祝電の数々です。
具志堅用高記念館














館長さん(ちなみに具志堅さんのお父さんです。)曰く、今の若い世代は具志堅さんがどういう方だったか知らない人が多い!のだそうですが、具志堅さんは間違いなく日本が世界に誇るチャンピオンです!
具志堅用高記念館














沖縄本島 具志堅用高記念館の場所はこちら




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Posted by はじめ at 01:55Comments(12)TrackBack(0)石垣市

2007年11月15日

むんじゅる節之碑の風景

粟国島の北側にある洞寺の近くに、むんじゅる節之碑がありました。
むんじゅる節之碑














むんじゅる節は粟国島の代表的な島唄とのことです。
むんじゅる節の碑














本 むんじゅる節之碑 - 現地の碑文より引用

 むんじゅる節の発祥地である粟国島では、古くから島唄として照喜名節、別名さがや節、糸喜名節が歌い継がれてきている。明治中期頃、仲毛芝居の地謡の一人が粟国島で照喜名節を習い、名優玉城盛重翁により雑踊りとして創作振り付けられ、清楚で優雅な踊りが好評を博し今日に至っている。歌は舞踊化された時に曲名、歌詞の一部、順番が変更されている。

 照喜名節は次の通りである。

一.照喜名ちぢからよううなや むんじゅる平笠かぶるなよ 津波古ぬ主ぬ前がなうち惚りゆんど
二.むんじゅる平笠ちゅらむぬや 女童まちぢに
三.芋ぬうまさや唐かんだ 米ぬうまさや畑米 神酒ちゅくてぃぬうまさや 白へぇ唐かんだ

 歌は若者達の憧れである、むんじゅる平笠をかぶった純情清純な乙女に、役人の津波古某が惚れ込んでしまうという内容を中心に、島の素朴な生活の様子が歌われ、昔の故里が偲ばれ意義深いものがある。
 この歌碑は、先人が歌いあげた名歌を島の文化遺産として永遠に称え継承していくために、村内外の皆様のご協力により実現した。
 歌碑建立により伝統芸能と粟国村の更なる発展に寄与することを祈念するものである。

沖縄本島 むんじゅる節之碑の場所はこちら




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Posted by はじめ at 00:46Comments(2)TrackBack(0)粟国村

2007年11月13日

トゥージのある風景

例えば南大東島の場合、明治33年に島へ上陸した一団が開拓を決意したのは、島にある大池を発見して水の確保に目処がついたからだと言われています。島で生きていくためには、水の確保はそれだけ重要なことでした。

粟国島の場合、今でこそため池や水タンクの整備が進んでいるのですが、元々水の乏しい島であったため、つい最近まで水の確保には本当に苦労したとのことです。

そのため、今も島のあちこちでトゥージと呼ばれる石で出来た水瓶を見ることが出来ます。
トゥージ














もう飲料用として使われることはないそうですが、今でも農業用として大事にされています。昔は大きなトゥージを持つ家ほどお金持ちとされていたそうです。
トゥージ














まあ、今ではオブジェと化したトゥージもありますが。
トゥージ














殆どのトゥージは島の西海岸にある凝灰岩をくり抜いて作られているため、表面が白っぽく見えるものが多いそうです。
まあ、このトゥージは表面に何か塗ったのではないか、と思うのですが。
トゥージ














今でも大事にされているトゥージは、粟国島の水の歴史を物語っているかのようです。
トゥージ
















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Posted by はじめ at 02:18Comments(10)TrackBack(0)粟国村

2007年11月12日

ヤマトゥガーの風景

島で暮らす方々にとって、常に気になるのは水の事ではないかと思います。

昔から水で苦労してきた粟国島ですが、島の南側にあるヤマトゥガーには真水の沸く泉があり、そこから流れる地下水を貯水タンクに貯め、貴重な水源として大事に活用していたとのことです。
ヤマトゥガー入口














ヤマトゥガーへ行く道だけは案内板がなかったため、観光パンフレットを片手にそれらしい道を進んでいきます。
多分ここではないかと思って進んできた道はかなりの急勾配で、これは帰りは一苦労だなと思いつつ先を進んで行くと....

あ...、行き止まりだ。
ヤマトゥガー入口














この急勾配の坂を戻らないと行けないのかと思うと、疲れがどっと出てきました。

でもこの行き止まりの道ですが、よく見ると左側の側溝が欠けているように見えます。駄目もとで草むらの中に入っていくと.... あ、手すりらしき物が見える。
ヤマトゥガー入口














これは奥に何かあるぞと思い、草むらを掻き分けて中を進んでいくと、ヤマトゥガー入口を見つけることが出来ました。
草が生い茂ってしまったため、道が探しにくかった訳ですね。
ヤマトゥガー入口














ヤマトゥガーの入口ですが、高さ5メートル以上はありそうな岩がちょうど1メートルほどの幅に裂けていて、人が一人通れる程の道になっていました。岩が裂けた箇所から上を眺めても、その岩がかなりの高さであることが分かるのではないでしょうか。
ヤマトゥガー入口














規模は違いますが、昔似たような場所に行ったことがあるなあ。
>> バリバリ岩は動く島の証明書

裂けた岩の入口を抜けると、島の南側の海岸に降り立ちます。
今は使われていないようですが、ヤマトゥガーの泉から流れる地下水を貯めていた貯水タンク跡が見えます。
またその向こう側には、島の最西端にあたる筆ん崎が見えています。
ヤマトゥガー














貯水タンク跡の側からヤマトゥガーを眺めてみます。
ヤマトゥガー














海岸線の脇の方に、貯水タンクの水を集落まで吸い上げていたポンプ小屋の跡が残っています。
簡易水道施設跡














今は使われていませんが、当時の島の方々にとっては本当に有り難い施設だったと思います。
簡易水道施設跡














沖縄本島 ヤマトゥガーの場所はこちら




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Posted by はじめ at 01:47Comments(7)TrackBack(0)粟国村

2007年11月10日

大正池公園の風景

西地区の御願の植物群落のちょうど道向かいに、大正池公園の入口があります。
大正池公園














看板の示す方角へ草を掻き分けて入っていくと、大正池公園の遊歩道が見えてきました。
大正池公園














大正天皇即位記念事業として大正4年に池が完成、その後遊歩道が整備され大正池公園となったのだそうです。
大正池公園














赤い橋の近辺を見たときはこんなものかと思ったのですが、何となく遊歩道の階段を上ってみると、意外と奥まで道が続いているのでびっくりしました。
大正池公園














遊歩道が何処まで続くのか歩いてみます。
大正池公園














遊歩道が予想外の長さなのには驚いてしまいました。
大正池公園














遊歩道は高台の方角に向かっています。
大正池公園














高台をのぼっていくと小さな展望台がありました。
大正池公園














展望台から粟国島の集落が一望出来ます。左下に見えるのは先ほど見かけた大正池です。
大正池公園














粟国島は今日もゆったりとした時間が流れています。
大正池公園














沖縄本島 大正池公園の場所はこちら




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2007年11月08日

筆ん崎の風景

粟国島に向かうフェリーあぐにから見えた断崖絶壁の筆ん崎には、マハナ展望台と呼ばれる眺めの綺麗な場所があります。
マハナ展望台














フェリーあぐにから見えた筆ん崎は海抜約90メートルの断崖絶壁で、マハナ展望台はその崖の上にあります。筆ん崎の周辺には厚い白色の凝石灰が数多く見られ、ここが数万年前まで霧島火山帯に属する火山の島であったことを物語っています。
筆ん崎














筆ん崎の崖の上は番屋原の広場と呼ばれ、島で最も見晴らしの良い場所として粟国村指定の景勝地となっています。
筆ん崎














本 番屋原の広場の景勝地(粟国村指定名勝) - 現地の看板より引用。

 番屋原の広場とは島の南西端の筆ん崎(マハナとも言う)一帯を言い、島で最も見晴らしの良い場所です。番屋原とは、この広場周辺の原名です。
 この広場は凝灰岩上にあり標高約87メートルで、東方向と北方向は高さ約数10メートルの崖が続き、特に東方向(墓地付近)には島の成り立ちが分かる見事な地層