2008年05月17日
首里城公園の風景(その4)
歓会門をくぐると、正面右側にいくつかの建築物が見えてきます。先に進むにはこの石段を上がるようです。

石段の上には瑞泉門(ずいせんもん)が見えます。

石段を上る途中、石段右側に視線を移すと....

国王一族の飲料水として利用されていた湧き水である、龍樋(りゅうひ)を見ることが出来ます。

龍樋、冊封七碑(さっぽうしちひ)と瑞泉門 - 現地の看板より引用
石段途中の右手には泉があります。龍の口から水が湧き出ていることから、龍碑という名があります。龍の石彫刻は今から約500年前の1523年に中国からもたらされた当時のままのものです。龍碑の水は王宮の飲み水として使われました。また、中国からの使者「冊封使(さっぽうし)」が琉球を訪れたとき、那覇港近くにあった宿舎「天使館(てんしかん)」まで、毎日この水が運ばれたといいます。
この周辺の石碑は、龍樋の水の清らかさを称賛した冊封使たちの書を刻んだもので、冊封七碑と呼ばれています。沖縄戦でほとんどが破壊されましたが、拓本をもとに1996年(平成8年)に復元されました。
石段上の門は瑞泉門で、その名は龍樋の水が瑞泉(立派な、めでたい泉の意味)と讃えられたことに由来します。別名「ひかわ御門(うじょう)」とも言います。「ひ」は樋(とい)のことで、「かわ(川)」は沖縄では井戸や泉のことを指します。瑞泉門は歓会門とは違い、双璧の石門の上に櫓がのっています。この形式は日本本土の主な城の門と共通しています。
創建は1470年頃で、沖縄戦で焼失しましたが、1992年(平成4年)に復元されました。
龍樋を正面から見てみます。約500年前の龍の石彫刻から、今でも水が湧き出ています。

瑞泉門にきました。次に進んでみたいと思います。

長年沖縄に住んでいながら、知らない建築物だらけです....
瑞泉門、龍樋の場所はこちら

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石段の上には瑞泉門(ずいせんもん)が見えます。
石段を上る途中、石段右側に視線を移すと....
国王一族の飲料水として利用されていた湧き水である、龍樋(りゅうひ)を見ることが出来ます。
龍樋、冊封七碑(さっぽうしちひ)と瑞泉門 - 現地の看板より引用石段途中の右手には泉があります。龍の口から水が湧き出ていることから、龍碑という名があります。龍の石彫刻は今から約500年前の1523年に中国からもたらされた当時のままのものです。龍碑の水は王宮の飲み水として使われました。また、中国からの使者「冊封使(さっぽうし)」が琉球を訪れたとき、那覇港近くにあった宿舎「天使館(てんしかん)」まで、毎日この水が運ばれたといいます。
この周辺の石碑は、龍樋の水の清らかさを称賛した冊封使たちの書を刻んだもので、冊封七碑と呼ばれています。沖縄戦でほとんどが破壊されましたが、拓本をもとに1996年(平成8年)に復元されました。
石段上の門は瑞泉門で、その名は龍樋の水が瑞泉(立派な、めでたい泉の意味)と讃えられたことに由来します。別名「ひかわ御門(うじょう)」とも言います。「ひ」は樋(とい)のことで、「かわ(川)」は沖縄では井戸や泉のことを指します。瑞泉門は歓会門とは違い、双璧の石門の上に櫓がのっています。この形式は日本本土の主な城の門と共通しています。
創建は1470年頃で、沖縄戦で焼失しましたが、1992年(平成4年)に復元されました。
龍樋を正面から見てみます。約500年前の龍の石彫刻から、今でも水が湧き出ています。
瑞泉門にきました。次に進んでみたいと思います。
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