2008年05月20日
首里城公園の風景(その5)
瑞泉門をくぐり左手に曲がると、漏刻門(ろうこくもん)が見えます。このとき漏刻門は再塗装工事が行われていましたので、門の全景を見ることはできませんでした。

漏刻門 - 現地の看板より引用
漏刻とは中国語で水時計という意味です。この門の上の櫓の中に水で時計をはかる水槽(水時計)が設置されていました。門をすぎた広場には日時計があり、その二つの時計で時刻をはかり、太鼓を叩いて時を知らせました。別名「かご居せ御門(かごいせうじょう)」ともいいます。駕籠で登城することを許されていた身分の高い役人も、国王に敬意を表し、この門で駕籠から下りたということから、このように呼ばれました。創建は15世紀頃。老朽化のため昭和初期には撤去されていたものを1992年(平成4年)に復元しました。
国営沖縄記念公園事務所
漏刻門から那覇市、浦添市内方面を眺めます。手前に見える門は首里城の出口にあたる久慶門で、奥側に見えているのは首里城の正門にあたる歓会門です。

漏刻門をくぐった先は広場となっており、そこには漏刻門の水時計と共に時を計り続けた日影台(にちえいだい)という日時計が設置されています。

日影台 - 現地の看板より引用
漏刻が水時計であるのに対し、日影台は日時計のことです。琉球王国時代、首里城では日時計を用いて正午およびその前後の時刻をはかり、また漏刻で詳しい時刻をはかったと言われています。日影台は十二支が刻まれた時刻板(石の円盤)に銅製の棒が取り付けられ、その日影によって時刻をはかるようになっていたと推測されています。
沖縄戦で破壊されたものを、2000年(平成12年)にかつての形態に復元しました。日影台の示す時(地方太陽時)は、日本標準時に対して、約30分遅れています。
国立沖縄記念公園事務所
また広場には、首里城正殿の前にかけられていた「万国津梁(ばんこくしんりょう)の鐘」が設置されている供屋(ともや)があります。

万国津梁の鐘と供屋 - 現地の看板より引用
万国津梁の鐘は1458年に鋳造され、首里城正殿の前にかけられていた銅鐘です。万国津梁(ばんこくしんりょう)とは「世界の架け橋」という意味です。鐘には「琉球王国は南海の美しい国であり、朝鮮、中国と日本との間にあって、船を万国の架け橋とし、貿易によって栄える国である」という主旨の銘文が刻まされており、往事の海洋王国としての誇らしい心意気が示されています。ここに展示している鐘は沖縄県立博物館所蔵の実物をもとに、鋳造当時の状態に複製したものです。
建物は供屋という施設ですが、往事の具体的な使われ方は分かっていません。いずれも2000年(平成12年)に復元されました。
国立沖縄記念公園事務所
供屋の中には万国津梁の鐘が設置されていました。

鐘の表面には万国津梁の銘文が刻まれています。沖縄県庁の第一知事応接室には、この銘文が書かれた屏風がおかれていることで有名です。

長年沖縄に住んでいますが、勉強させられるものばかりです....
漏刻門や日影台、供屋の場所はこちら

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漏刻門 - 現地の看板より引用漏刻とは中国語で水時計という意味です。この門の上の櫓の中に水で時計をはかる水槽(水時計)が設置されていました。門をすぎた広場には日時計があり、その二つの時計で時刻をはかり、太鼓を叩いて時を知らせました。別名「かご居せ御門(かごいせうじょう)」ともいいます。駕籠で登城することを許されていた身分の高い役人も、国王に敬意を表し、この門で駕籠から下りたということから、このように呼ばれました。創建は15世紀頃。老朽化のため昭和初期には撤去されていたものを1992年(平成4年)に復元しました。
国営沖縄記念公園事務所
漏刻門から那覇市、浦添市内方面を眺めます。手前に見える門は首里城の出口にあたる久慶門で、奥側に見えているのは首里城の正門にあたる歓会門です。
漏刻門をくぐった先は広場となっており、そこには漏刻門の水時計と共に時を計り続けた日影台(にちえいだい)という日時計が設置されています。
日影台 - 現地の看板より引用漏刻が水時計であるのに対し、日影台は日時計のことです。琉球王国時代、首里城では日時計を用いて正午およびその前後の時刻をはかり、また漏刻で詳しい時刻をはかったと言われています。日影台は十二支が刻まれた時刻板(石の円盤)に銅製の棒が取り付けられ、その日影によって時刻をはかるようになっていたと推測されています。
沖縄戦で破壊されたものを、2000年(平成12年)にかつての形態に復元しました。日影台の示す時(地方太陽時)は、日本標準時に対して、約30分遅れています。
国立沖縄記念公園事務所
また広場には、首里城正殿の前にかけられていた「万国津梁(ばんこくしんりょう)の鐘」が設置されている供屋(ともや)があります。
万国津梁の鐘と供屋 - 現地の看板より引用万国津梁の鐘は1458年に鋳造され、首里城正殿の前にかけられていた銅鐘です。万国津梁(ばんこくしんりょう)とは「世界の架け橋」という意味です。鐘には「琉球王国は南海の美しい国であり、朝鮮、中国と日本との間にあって、船を万国の架け橋とし、貿易によって栄える国である」という主旨の銘文が刻まされており、往事の海洋王国としての誇らしい心意気が示されています。ここに展示している鐘は沖縄県立博物館所蔵の実物をもとに、鋳造当時の状態に複製したものです。
建物は供屋という施設ですが、往事の具体的な使われ方は分かっていません。いずれも2000年(平成12年)に復元されました。
国立沖縄記念公園事務所
供屋の中には万国津梁の鐘が設置されていました。
鐘の表面には万国津梁の銘文が刻まれています。沖縄県庁の第一知事応接室には、この銘文が書かれた屏風がおかれていることで有名です。
長年沖縄に住んでいますが、勉強させられるものばかりです....
漏刻門や日影台、供屋の場所はこちら
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