沖縄の風景

普通の観光案内にある沖縄の風景とはひと味違う、ニッチな沖縄の風景を紹介します。観光名所として知られる沖縄の風景はもちろんですが、観光案内では紹介されないようなマニアックな沖縄の風景まで、様々な沖縄の風景をお楽しみ下さい。たまに沖縄の風景とは全く関係のないネタが飛び出すこともありますが、これもご愛敬ということで....
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知利真良豊見親の墓の風景

宮古島市に行ってきたわけですが....

ホテルアトールエメラルドから平良港に向かったところに、
柳田國男さんが紹介された人頭税石があるわけですが、

人頭税石とホテルアトールエメラルドのちょうど中間あたりで、
知利真良豊見親の墓と呼ばれる、
大きな石垣に囲まれた墓を見かけました。
知利真良豊見親の墓 有形文化財

知利真良豊見親の墓の入口は、
大きな石垣のちょうど真ん中にあります。
知利真良豊見親の墓 宮古島市

知利真良豊見親の墓 みゃーか 知利真良豊見親の墓

 1500年、八重山のオヤケアカハチの乱の鎮圧の際に、首里王府軍の先導をつとめた仲宗根豊見親の三男・知利真良豊見親の墓として知られています。知利真良豊見親は、オヤケアカハチの乱に父とともに従軍、のち次男祭金が4年在勤したあとをうけて八重山顕職となり、彼の地で没したと伝えられています。近接する仲宗根豊見親の墓とともに宮古在来の墓「みゃーか」から横穴式にうつる中間様式を示しています。ツンプン(ヒンプン)の跡をとどめている所から、、俗に「ツンプン墓」とも呼ばれています。保存状態がよく、墓の形の変遷、石工技術を知る上でも貴重な墳墓です。前庭部を石垣で囲み、墓室外面は切石が三段に積まれ、上端には石柱列が設けられています。この墓は平良頭職をつとめ、杣山惣主取でもあった宮金氏寛富が1750年ごろ築造したと伝えられています。その子孫は宮古では宮金氏、八重山では長栄氏と称しています。

沖縄県指定有形文化財(建造物)
昭和42年4月11日指定

石垣の真ん中にある入口から中に入ってみると、
10メートル四方程度の広間となっており、

奥の方には立派な石段の墓が見えました。
知利真良豊見親の墓 ミャーカ

そして知利真良豊見親の墓から、
更にホテルアトールエメラルドの方向に歩いていくと、

知利真良豊見親の父親である、
仲宗根豊見親が建造したといわれる、
仲宗根豊見親墓があるということですので、
そちらに向かうことにします。
知利真良豊見親の墓 ツンプン墓


[こちらの記事もどうぞ]
仲宗根豊見親の墓
アトンマ墓

知利真良豊見親の墓 旧平良市 知利真良豊見親の墓の場所はだいたいこの辺り



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Posted by 沖縄の風景 はじめ at 2013年09月02日   12:00
Comments( 0 ) 宮古島市
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